聴覚。

台風が凄いね。こんな日は家でゴロゴロ音楽に限る。
なんとまぁ贅沢なことか。


天気とは関係のない話をば。
RSRに行って、最も私の印象に残った人のこと。
彼は視覚障害者(書き方が適切かは不明)だった。
白杖(はくじょう)をつき、私の横に立った彼の姿が今も忘れられない。
とても衝撃的だったから。
怪我をしている人(同行した友人含み)、車椅子の人、たくさんの人を見た。
でも、「目が見えない」は意味が違うんじゃないだろうか。


特定のアーティストを好きでいると、不安になる瞬間がある。
そのアーティストの楽曲だから好きなだけじゃないだろうか、という疑問。
音楽は形のないものだから、特にその感情を抱きやすい。
音楽には必ず、その人の容姿や発言、その他のものが付随している。
だからこそ、テレビから流れた音に「あ、これイイ」なんて思ったものが、
好きなアーティストの新曲だったりすると、異様に嬉しいのだ。
私はちゃんと音楽が好きなんだな、という確信は最大の喜び。
インターネットなんてものをしていると、余計なものが多過ぎて、
真っ向から音楽だけと向き合うことは日増しに困難になっている。


目が見えない、その事実を私自身が体験したことはもちろんない。
それでも、その状態がいかに不便かは想像できる。
また、その想像を絶するであろうことも想像できる。
この人はどうやって音楽情報を仕入れるんだろう。
この人はどうやってCDを買うんだろう。
この人はどんな気持ちで音楽を聴くんだろう。


彼は音楽に体を揺らし、とても楽しそうな顔をしていた。
初めは付き添いの人に気を使ってか後ろの方にいたのだが、
我慢できない、という表情で少しずつ前へと進んで行った。
私は迷わず彼に進路をゆずった。
きっと私の前で観ようが後ろで観ようが音なんてそうそう変わらない。
それでも彼には少しでも前で聴いて欲しかった。
彼はスピーカーに耳を向けて、ステージなんて見ていなかった。
それは当たり前と言えば当たり前なのだけど、
ライブにパフォーマンスが含まれているというのも事実だ。
彼にとっては「ライブ=生の音」でしかないんだろう。
その姿を私は心底格好良いと思ったし、自分の姿に反省もした。
こうありたい、と思った。


ステージが終わると彼は付き添いの人に「次は○○を見る!」と告げて、
それはもう楽しそうにずんずんと歩いて行った。
フェスは楽な場所ではないのだけど、きっと彼は楽しんだと思う。


私はやっぱり音楽が好きだから、「音楽」を聴いていたい。
すぐに忘れてしまう、とても大切なことを確認できました。
あの人にありがとうを。
もっと障害者に優しい場所になると良いな。